夏だ!東京だ!えちえちなギャルとえちえちなことしたい!

30歳という節目を迎え、27歳から普通になっていた精神が、再びメンのヘラとなりて、折れようとしているのをひしひしと感じています。主な原因は仕事でうまく結果が出せてなくて、自分に自信を失くしていることなのですけれども。営業だからね…。数字が全てさ…。同じチームメンバーの仕事をサポートしていても、休んでいるチームメンバーの仕事を全力で頑張ったと言えるくらい頑張っても、ええ、やはり数字が全てです。仕方がない。営業職ですからね。それが嫌なら辞めていただいて結構と言うお話に過ぎませんね…。ええ…、つかれた。お客様の無茶振りとかもね。なんというか…、ああ〜〜疲れたな〜〜。仕方がない。成長、し続けていかなければならないんだ。どんな企業だって恒常的な成長を理念に掲げているし、そこに入ってメシを食っていくと言うことは、自分自身もそうならなければならないと言うことだと思っています。成長!!しなければ!!成長!!していかなければ!!

 

ごめんなさい正直つかれてきました。かなり。しのうかな。

 

ジョギングして糖質制限してうまいことシェイプアップ出来て、髪も思い切り短くして、日焼けもして、見た目はイケイケになったぞ!と思いつつも、やっぱり生まれながらの性格ってそうそう変わらないんじゃないのかなあ…って、筋トレしたら人生変わる説を眺めながら、自分なりのやり方で外見を大きく変えることができた自分自身の、昔から変わらないクソ暗い性格を体験してて感じてる。…ていうかそもそも、自分自身だからこそ昔のデブから変われた今の自分に肯定感を持てても、はたから見ればまだまだ単なる、顔だけがデカいただのチビガリだというお話です。筋肉、無いし。その過程をずっと目撃してきた他者なんていないですしね。

 

精神がメンのヘラになっていく一方で、六本木で女性、女性、無数の無限の女性たちと、無限に無限ないやらしい遊び方をしまくりたいという、原始的な欲望もメキメキと出てきて、なんなんでしょうこれは。糖質制限してるせいかな??シロノワールにもかぶりつきたいし。

 

それにしても、人生って辛いですね。今更かよみたいですけど。今なら、SNSで少し前に流行った(今も流行っている?)自己ブランディング力をあげよう!と言う主張が骨身に染みるほど理解できます。それって、何も企業を頼らず1つのタレントとして世を渡れと言うことでなくて、て言うかバリバリ企業の中でもそういう生き方をしろと言うことですもんね。それが企業の中であっても、社会の中であっても、自分自身のブランドを高めていく努力をしていけば、自然と金も女性もご集合頂けるものでしょう。ありがたきことです。ただ、ライバルがあまりにも多過ぎる。て言うか、人生を生きる全ての人達が、結局のところ無意識的にこれをやっていて、目の前の社会って、その結果の累積であるような気がします。

 

要するに我々は、自分たちが無意識的に行なっていることを、改めて明言化して聞かされているだけで、無意識下でやっているんですよねおそらく。とっくの昔から。で、完成された順位が、今まさに目の前に広がっているだけと言うか。啓蒙とはもしかしたら、ずっと前から人々が無意識下で行なってきたことを、明言化或いは明文化して伝えてあげる行為なんじゃ無いかなあ…とか思ってみたり。そうだとすれば、それは本当に価値のある行為だと思います。個人的な感想ですけど。  

 

30歳を迎えての改めてのメンのヘラ。これは20代前半までのそれとは全く比べ物にならない、現実性と言う物質的重さを伴って襲いかかってきますね。本当に。昔と同じメンのヘラのようで、全く違うように思えるのは、そこにポエムが生まれ得ないことです。そこにはもう、圧倒的な「現実」と言う重さしかない。今のままで生きていけるのかみたいな。結婚なんてもう、はるけき遠き…ですよ。

 

或いは、私が再びメンのヘラになったと言うよりか、30歳を迎えて相対する現実、現実の人間社会が、20代に相対していたそれとは全く比べ物にならないくらい強力になっているのはないでしょうか…?

 

これも一つの自然淘汰でしょうかね。いずれにしても、弱い存在は生き抜いていけないとすれば、そして、「強さ」を規定する概念が無数にあれば…。

 

世界は今日もこんなに自由なのに、なぜ私はこんなにも、私自身をこんなにも不自由の中に閉じ込めるのでしょうね。それこそ私自身がわからない。私自身はもっと自由に生きてみたいし、私自身が今のまま、と言うか今よりも社会に沿って実直に生きていくべきなんだと思っています。